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2015/08/24

論文メイキング02: 脳進化研究と細胞移植

2011年、我々は「大脳新皮質の進化機構」の一部の解明に、「細胞移植」という実験的なアプローチで挑戦し、哺乳類・鳥類・爬虫類の共通祖先から哺乳類への進化の過程で、発生期のGABA作動性抑制性神経細胞の移動能力の進化が必要であったことを示唆する以下の論文を発表しました。

Tanaka DH, Oiwa R, Sasaki E and Nakajima K. Changes in cortical interneuron migration contribute to the evolution of the neocortex, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 108 (19), 8015-8020 (2011)


Short Slides

研究の着想は2008年頃でした。丁度N研に異動してきたばかりで、これからどんな研究をしたらいいか考えていた頃、オフィスの隣の席のS先生とよくお話する機会に恵まれました。S先生は脳の進化にご興味があり、関連分野についてのものすごい知識と冷静に洞察する姿勢を兼ね備えられており、さらにそれを素人にも丁寧に説明してくれるという、大変オトナな魅力に溢れた方でした。それまで私は進化というものに特に興味があったわけではなかったのですが、心の赴くままにお話を伺っているうちに、改めて考えてみるとなんて不思議な現象なんだろうと、自然に興味が湧いてきました。

 そこで自分のこれまでの興味と進化研究を組み合わせることができないかと考え始めました。私は当時から心脳問題に興味があり、脳の中でも意識の起源であろうと推定されていた「大脳新皮質」に特に興味がありました。またそれまでの自身の研究も「発生期の大脳新皮質のGABA作動性抑制性神経細胞の移動経路」であり、大脳新皮質に関連がありました。そこでこれまでの自身の研究テーマであった「発生期の大脳新皮質のGABA作動性抑制性神経細胞の移動経路」と、新たな「進化」を組み合わせる方向で新たな研究テーマを模索することにしました。ここで「大脳新皮質」という広い興味から一気に自身の得意分野に限定することを決めた理由は、ややscientificな議論から外れますが、当時の雇用が年俸性で不安定であったからです。外部資金を元にした「特任助教」という肩書きで、1年毎に更新される雇用でした。実質的には普通のポスドクとほぼ同じです。ボスからは来年度も雇用が続くかは今年度の成果次第であることを初年度から言い渡されていましたので、雇用を継続してもらうためには初年度から成果につながるようなデータを出す必要がありました。そこで私は「ズーム」と呼ばれるアプローチを採用することにしました。この概念は阪大のM研にいた時に、休憩室で雑談している時に後輩のK君から教えてもらったもので、新しいことを始めるときはこれまでの分野に片足を残したままもう一方の足を新しいところに踏み出すイメージが良い、というようなものでした。この方法だとこれまでの分野での知識や経験がそのまま生かせるためスタートダッシュがつけやすいので、最初から成果が求められるような状況で、しかし新しい分野に展開することをもしてみたい時に最適だと考えました。
 そこで自分のこれまでのテーマに関連する進化研究について文献を検索し始めましたが、すぐにそれほど多くの文献がないことに気づきました。そしてそのほとんどが、ある遺伝子の発現パターンを、マウス以外の動物でも調べて比較して考察する、というアプローチに終始していました。このアプローチは古典的で極めて有効であることに疑問の余地はありません。しかし当時の私にとってはやや静的すぎて退屈に感じられました。もっと動的で興奮できるアプローチはないものか。そんなことを考えていた頃、まさにこれ!というような、その後の私にとって手本となるような下記の論文が発表されました。

Nomura T, Takahashi M, Hara Y and Osumi N. Patterns of neurogenesis and amplitude of Reelin expression are essential for making a mammalian-type cortex. PLoS ONE 3:e1454 (2008) 


彼らはニワトリの胚にマウスでのみ発現している遺伝子を発現させてニワトリをマウス化させるような試みをしていました。N先生のこのお仕事は以前から研究会の発表などでお聞きしていたはずなのですが、当時はあまり進化に興味がなかったため詳しい内容を覚えておらず、論文を拝読して改めて「進化研究もこんなに自由でいいんだ!」と衝撃を受けました。そして自分もこんな感じで研究できないか色々考え、最終的に「ニワトリやスッポン、マーモセット胎仔の細胞を、子宮内の生きているマウス胎仔に移植する」というアプローチに行き着きました。このアプローチは、過去にカメの細胞を培養しているマウスの切片に移植する、という研究報告があり、一方で子宮内の生きているマウス胎仔に細胞を移植する、という技術が報告されていましたので、それらを組み合わせたら面白いのではないか、と考えつきました。また、当時雇用されていた外部資金のプロジェクトにマーモセット関連の研究者もおられたので、同じ外部資金プロジェクト内での共同研究という視点からマーモセットを有効利用することもできると考えました。また遺伝子と異なり細胞の場合は、細胞が死なない限りなんらかの結果が得られる確率が高いため、成果も出しやすいだろうと考えました。また、本研究と並行して進めていた、統合失調症モデルマウスでの研究でも細胞移植というアプローチを採用する予定にしており、方法論における「規模の経済性」を考慮しても効率がいいのではないかと考えました。とはいえ、ややトリッキーなアプローチなためボスに許してもらえるか不安だったのですが、ご相談したら「へーいいんじゃない」と、予想外にあっさりと許可を頂けました。今考えてもこういう研究にこれほどあっさりと理解を示してくださる医学部教授というのはなかなかおられないのではないかと思います。そして早速実験を始めたところ、3ヶ月目にはあっさりと本論文のメインデータが出ました。顕微鏡下で、マウス胎仔の脳内を元気よく走ったり立派に突起を伸ばしているニワトリ細胞の姿を見たときの感動は今でもありありと覚えています。


2015年現在、本論文と似たような研究テーマはほとんどなく、また引用件数もそれほど多くはありません。社会的インパクトという意味ではそれほどなかったのだと思いますが、今でもユニークさは色褪せていない気がしています。ちなみに本論文の成果を発表した国際学会で、大脳皮質発生の分野で著名なアメリカのF先生に内容を聞いてもらったところ「私のアドバイスは、できるだけ早くこのプロジェクトを止めることだ」という衝撃的なコメントを頂きました。私がショックを受けてフリーズしている間に足早に立ち去ってしまったため理由を聞くことができなかったのですが、彼がなぜあれほどアグレッシブであったのか、今でもその真意を掴みかねています。もしかすると本研究に私自身が気づいていない重大な欠陥があるのかとやや不安になる一方で、一定の新しさがある研究をした時はいつでも一定の批判や反対は受けるものだ、と楽観的にポジティブに捉えてもいます。なにはともあれ、最近、脳の進化研究分野が盛り上がってきているので、本論文で採用した異種間脳内細胞移植というアプローチも盛り上がってくれるといいなあと期待しています。

2015/06/01

論文メイキング01: 統合失調症と細胞移植

2011年、私たちは「統合失調症」という神経疾患に対し、「細胞移植」という介入方法が有用である可能性を示唆する、下記の論文を発表しました。


研究の着想は2008年秋頃でした。私は当時から意識感覚の生成メカニズムに興味があり、なんとかしてこれにアプローチできないかと考えていました。しかし当時は「特任助教」という、外部資金を元にした年棒制の職位で雇われていたこともあり、自分の自由な発想で研究を展開することが難しい状況にありました。なんとかして「自分の興味」と「外部資金の提供者が期待する成果」、および「所属する研究室の研究方針」が合致する研究テーマはないか、数カ月間に亘り考えあぐねた結果たどり着いたのが、「統合失調症の認知機能障害に対し、細胞移植という方法でアプローチする」というアイデアでした。
 統合失調症では、私の興味対象である「意識感覚」と深い関係にある「作業記憶」に障害があることが報告されていました。統合失調症の研究を通じて、意識感覚の神経基盤に関する洞察を得られるのではないかという期待がありました。
 また、これまで、脳機能障害に対し細胞を移植することで改善を図る、という研究は数多くありましたが、その対象となる脳機能障害は、変質もしくは死滅した神経細胞の種類やそれらが分布する脳部位の見当がついている、パーキンソン病や癲癇(てんかん)でした。例えばパーキンソン病では黒質のドーパミン作動性神経細胞が減少していることが明らかになっていたことから、それら神経細胞の投射先である線条体にドーパミン作動性神経細胞を直接移植するというアプローチが取られていました。一方、統合失調症は近年まで脳の変質が明確でなかったために、これまで細胞移植というアプローチは採用されていませんでした。統合失調症の治療には当時も今も薬理学的なアプローチが取られていますが、効果に個体差があったり副作用があったりで完全な方法ではありませんので、細胞移植というこれまでとは全く違う、しかし他の脳疾患の研究分野では方法論的な知見が蓄積されている細胞移植というアプローチが取れる可能性を示すことができれば、「統合失調症」という脳疾患およびその研究分野と、方法論的な蓄積の豊富な「細胞移植」というアプローチをリンクさせることになり、成功すれば間違いなく一定のインパクトがあると思いました。
 そして重要なこととして、当該研究立案当時、「統合失調症患者の前頭前皮質ではGABA作動性抑制性神経細胞の機能低下が起こっている」という報告がありました。過去の知見より、前頭前皮質は私の興味対象である「意識感覚」と深い関係にある「作業記憶」に重要であることが示唆されていたため、個人的にも大変興味深い脳部位でした。また、GABA作動性抑制性神経細胞は、学部の頃からずっと私の研究対象だったためそれなりの知識や経験があり、マウス大脳皮質にGABA作動性抑制性神経細胞を移植すると、移植領域のGABA細胞の密度が上がり、興奮性細胞に対するGABA作動性シナプスの密度が上がる、という報告が既にあることも知っていました。これらのことより、統合失調症モデルマウスの前頭前皮質にGABA細胞を移植することでGABA細胞の機能が回復し、作業記憶などの障害で知られる認知機能障害を改善させることができるのではないか、と考えました。さらに当時ちょうど、ヒトES細胞から大脳皮質興奮性細胞の分化誘導に成功したという報告が相次いでいました。当時まだ大脳皮質GABA作動性抑制性神経細胞の分化誘導に成功したという報告はありませんでしたが、非常に競争の激しいホットな領域でしたので数年以内に分化方法が確立されるだろうと想像しました(事実、その数年後にヒトES細胞からの分化に成功したという報告がなされました)。従ってヒトへの応用を考える際に必要な細胞の供給源にも希望が持てると考えていました。
 ところがここまで考えたところで、またしても外部資金により雇われているが故の研究テーマの限定という問題が浮上しました。成体のマウスに移植することは問題になる、ということでした。幼体マウスへの移植であればギリギリ問題にならないと考えられたため、移植を統合失調症様症状を発症する前の幼体に「予防」として行い、その後発症が抑えられるかどうかを調べることなら可能であると考えられました。純粋に科学的な事だけと考えると、予防として細胞移植を行うというのは現実的ではないと思われ、インパクトもだいぶ低下するだろうと容易に想像されましたが、立場を考えると仕方がありませんでした。
 以上のような大雑把なアイデアのもと、まず統合失調症のモデルマウスを決めることにしました。最初は統合失調症のリスクファクターであると考えらえていたDISC1という遺伝子の遺伝子改変マウスを用いようかと考えていました。しかしこのアイデアはこの分野の大御所である某先生に大反対されました。たまたま別の用事でラボに来られていた某先生に、「ちょっと話してみなよ」と言われて軽い気持ちで話し出したらものすごい勢いで「そんなのは全くダメだ。何も分かってない。」と怒られたのをよく覚えています。その場ではあまりの勢いに圧倒されてしまい、また自分自身の勉強が足りないのだろうと考え、何も反論できませんでした。その後冷静になぜ反対されたのかを考えてみましたが、よく分かりませんでした(このことに関して、このプロジェクトが終盤に差し掛かっていた頃に某先生に近いある方にお話したところ「いいアイデアだからやられたくなかったんだよ」と言われ、そんなこともあるのかと唖然としました)。結局その後K先生のお勧めもあり、PCPの投与モデルを用いることにしました。このモデルは発症のプロセスはやや人為的ですが、最終的な表現系は確かに統合失調症様であり、過去の知見も豊富であり業界内でも一定の承認がある方法なので受け入れられやすいだろうという判断がありました。その後このモデルの行動解析の経験と実績が豊富なN先生に共同研究のご相談をし、ありがたいことに快諾していただけました。
 その後、N先生の研究室で研究員をされていたT先生に具体的な計画を相談させていただき、いよいよ実験を始めることになりました。T先生のご尽力がありプロジェクトは想像以上にうまく進み、期待通りPCP誘導性の統合失調症様認知機能障害に移植による予防効果が認められました。しかし残念ながら、一番期待していた「作業記憶」の障害に対する効果は認められませんでした。

2015年現在、未だ統合失調症のモデルマウスに移植でアプローチするという研究は我々以外に発表がありません。インパクトがなかったのか、それとも、淡い期待かもしれませんが、時代を先駆け過ぎているのか。統合失調症ではなく他の神経疾患ではありますが、最近ヒトiPS細胞から誘導した網膜細胞の目への移植が臨床で始まりました。パーキンソン病患者への、iPS細胞から作ったドーパミン細胞の移植も臨床適用の申請が始まっているようです。これからの展開が楽しみな方向性だと思っています。

2015/04/19

医者と科学者の違いの喩え話

医者と科学者の違いの説明として、以前どこかでこのような喩え話を聞いたことがある。
「自分の前を歩いていた人に突然矢が刺さり、倒れて死にそうになっている。その目の前の人の命を助けるために矢を抜いたり止血するのが医者であり、飛んできた矢の素材を調べたり矢がどこから飛んできたのかを調べるのが科学者である」

ちょっと極端な表現ではあるが、違いの指摘に関しては的を得ていて分かり易いと思う。
もちろん医者の中にも矢が飛んできた方向を調べる人もいるだろうし、科学者の中にも容態を安定させるための努力をする人もいるだろう。しかし医者および科学者の多くは喩え話のように反応するだろうし、そのための訓練を受けてきたと思う。

どちらも大切で必要な職業だと思う。
医者がいなければ、目の前で矢が刺さって死にかけている大切な人を救うことができない。
科学者がいなければ、次々に飛んでくる矢に刺さった人を救うばかりで、そもそも矢を飛ばしている誰かを潰すための方法や画期的な新規治療法を探る余裕がない。

もし医者になるべきか、科学者になるべきか迷っている人がいたら、自分はどっちの仕事が好きになれそうか考えてみたらいいと思う。

以上、科学者(のはしくれ)であり医学部教員(のはしくれ)である人の意見でした。

P.S. もしこの喩え話の出元をご存知の方がおられたら是非教えて下さい。

2014/05/19

研究資金への「自由裁量分」の導入

最近ラボの先輩方と話していて思ったこと。

 研究に必要な資金(科研費やその他民間財団からの研究助成など)というのは、「基本的に」事前に研究者がその資金を得るために申請したテーマに沿った実験をするために配られる資金である。 「原則的に」申請したのと別のテーマに関する実験のためにその資金を使うことはできない。 しかし申請したテーマに沿った実験を行っているうちに、誰も想像していなかったような興味深い結果が得られることがある。 そのような結果は時に、申請したテーマとは別の、より重要なテーマの存在を暗示することがある。 その意図せず見つかった重要なテーマに沿った実験を開始するには、「原則的に」新たな研究資金をそのテーマで申請し、受理され、資金が交付されるまで待つ必要がある。

そのような正当な手続きを踏む場合、最短でも1年程度はその重要なテーマを「眠らせる」ことになる。 このような「眠らせ」ざるを得ない時間があることは大変非効率であり、もったいない。 

そこで、もし「すぐに研究を開始すべきテーマというものは一定の割合で、別のテーマの結果から暗示されることがある」という事に一般性があるのであれば、主要な研究資金の15-20%程度を、予め「自由裁量分」として認めてはどうかと思う。予期せず別のテーマの実験から面白いテーマを思いついた研究者は、今手元にある研究資金のうちの自由裁量分を使って研究を開始することができる。もちろんそのような「出会い」が無かった場合は、予定通りその自由裁量分は元々のテーマに沿った実験に使えば良い。

 STAP細胞問題を契機に、今後研究業界において暗黙の了解のようになっていた「グレーゾーン」に、今後次々とメスを入れていくことになると思う。その対象のひとつとして「研究資金とその使用実績の透明化の強化」が挙がることは時間の問題だろう。その際、このような「自由裁量分」を導入することで、現場との齟齬を減らすことができるのではないだろうか。

2014/04/23

生理研研究会「シナプス機能の普遍性と多様性」講演予定

2014年6月5日に平成26年度 生理学研究所 研究会「シナプス機能の普遍性と多様性」で「常染色体劣性遺伝性小頭症の発症機構の解明に向けて」というタイトルで講演しますので興味のある方は是非ご来場下さい。

2013/08/07

ヒトとチンパンジーができるまで

最近、ヒトとチンパンジーのことを時々考えている。
ヒトとチンパンジーの共通祖先がいたのが600万年前。
エジプト文明が起こったのが5000年前。
つまりエジプト文明を起こした人達が出てきてから今の我々が出てくるまでにかかった時間のたった1200倍の時間でヒトとチンパンジーの差が生じたことになる。
エジプト文明を起こした人達と僕らなんて、知性とか見た目とか、ほとんど同じだろう。
そのたった1200倍で、ヒトとチンパンジーの差ができるなんて、にわかには信じ難い。
特に知性は、チンパンジーと他のサルとの差に比べてヒトとチンパンジーの差が著しく大きいことを考慮するとやはりヒトでなにかすんごいレアなことが起こったと考えられる。
たった1200倍の時間でこれほどの差を生み出すことを可能にした進化的変化。
面白くないわけがない。

2012/11/21

飲酒の進化的起源

美の進化的起源という講演を聞いた。
ヒトが美しいものを見たとき、なぜ心地よい気分になるのか、それを進化論で説明している。面白かった。
「美の進化論的起源」:Denis Dutton > TEDより

これまで自分の中で、進化論的になぜ「美」と「飲酒」でヒトが心地よい気分になるのかが疑問だった。Denis Duttonによる「美」の説明を聞いて、なぜか「飲酒」に関して思うことが出てきたので書いてみる。

単純に個体の生存という観点からすると飲酒という行為は悪い影響が強いように思われた。酔う事で判断能力や運動能力が低下し、活動の生産性も落ちて、しまいには捕食者の餌食になる可能性が高まると考えられたからである。このような行為で心地良くなってそれを繰り返す生き物がなぜ自然選択で残ってきたのか、それが疑問だった。
 しかしヒトがその祖先の時代から社会的な生き物である事を考慮すると、飲酒の良い影響が見えてきた。現実社会でもそういうことがあるが、飲酒により打ち解けてより多くの仲間とより親密になる事ができ、そうするとヒト社会の中でより優位になる機会も増え、結果的に異性からモテて子孫を残す確率が上がったかもしれない。また種々のストレスによる精神的疲労を回復させる効果もあっただろう。ただ、飲酒の生存や子孫繁栄に対する効果は、摂食や性行為などほど直接的ではないため、飲酒が苦手な人もまた多数生き残ってきたのだろうと考えられる。(さすがに摂食が苦手、というひとはいませんよね)


2012/02/13

ポスドクをいつまで続けられるか

僕は2006年の秋に博士号を取得したので、2012年2月現在でほぼ5年半経過した事になる。その間、博士号を取得したラボに居残ってそのまま1年ちょっと、国内の別のラボで3年半ちょっと、現在のベルギーのラボに半年弱在籍した。

博士号取得後5年半というと、早い人はPrincipal investigator (PI)になって自分のラボを主催している。PIになると多くの事柄について自分に決定権が与えられるので、自分の知りたい事を知るための研究がしやすくなる。そういった意味で非常に魅力的な地位である。でも例えば今、僕が運良くPIになる機会を与えられたとして、PIとしての役割を果たせるかというと、恥ずかしながらNOだ。その地位を使って自分の知りたい事を知るための研究をするのに必要な準備が全く出来ていない。

PIになるための準備を整えるには、現在のラボの後にもうひとつくらい、少し離れた分野の研究テーマでポスドクとして仕事をする必要があると考えている。しかし現在のラボの仕事を終えるのを3年後としてもその時点で博士号取得後ほぼ9年、年齢は36歳目前になっているだろう。そこからさらに3-4年とするとそれを終えた時点で年齢は40歳、なんと長男は11歳、中学生、思春期目前であり、長女は8歳で小学2-3年生である。経済的に、稼ぎ手が僕だけではとても無理である。残念ながらこれが現実なので、嫁が仕事を出来る環境で共働きするしかない。そう考えると、ポスドクを40歳手前まで続けるというのは非常に自己中心的な感じもしてくる。甲斐性がないため嫁を働かさざるを得ない状況というのは大変心苦しい。それでもいつかそれを乗り越えて、家族に「続けてよかったね」と言ってもらえる状況を作ることを目指していきたい。

僕より若い人へ。
PIとしていい研究をするために必要な能力を、早めに習得するための手段を計画されることをお勧めします。

2011/09/20

「Wild type」の多様性

僕ら研究者は、ゲノム上の配列異常がある個体に対し、それが正常な個体をwild typeと呼んでいる。つまり特定の個体がwild typeかどうかを判断するには、議論の的となる配列が決まっていることが必要。注目する配列があって初めてwild typeが決められる。

最近ヒトを含む動物において、同一種の中でもゲノム上の配列に著しい多様性があることが明らかになってきた。従ってゲノム上の特定の配列について、自分が、あるいは目の前にいるヒトが、いつも使っているcell lineが、wild typeであることを主張するためには、その多様性を考慮しても正常、すなわち大多数と同じであるということを明確に示す必要がある。

自分の実験をwild typeをベースにして行うことは重要である。前述の通り、wild typeをベースにしているということは、その結果からその種の代表的なゲノム配列について議論できることを意味しているからである。

しかしここでひとつ注意が必要だと思う。たとえあるゲノム配列についてwild typeである個体間でも、他のゲノム配列については異なっているこということが十分にあり得る。実際我々の多くはある特定のゲノム配列についてはwild typeであるが、互いに顔も背丈もかなり多様であるのはそのためだろう。従って、あるゲノム配列についてwild typeであると判断されたヒトなり細胞なりで得られた結果からは、その種で代表的なゲノム配列について、その特定のヒトなり細胞なりにおける機能などを結論ができるが、ヒト一般、細胞一般における機能などについては結論できない。ヒト一般、細胞一般に関する結論を得るためには、注目しているゲノム配列がwild typeであるということを示し、さらにそれ以外のゲノム配列についてできるだけ多様なヒトなり細胞なりでも同じ結果が得られることを示す必要があると思う。

最近の研究から個体間の多様性が明らかになりつつあることを背景として、今後生物の研究においては、ある結果についてより一般性の高い結論を得るためには、できるだけ多様なwild typeで同様の結果が得られることを示すことが重要になっていくだろうと思っている。

2011/08/04

サイエンスカフェ

「WEcafe」というサイエンスカフェに初めて参加し、一般の方々に最近の研究成果に関するお話をしてきました。

Link1: WEcafe 公式ページ
Link2: 参加された方のブログ。写真など
Link3: Togetter - 「WEcafe vol.18 「神経細胞の歩き方 in 脳」まとめ」

参加者は10名程度でした。一般の方々にこう行った形で研究の話をするのは初めての経験でしたが、まさにカフェでみんなで雑談をするような雰囲気で、楽しかったです。

2011/06/27

(Newton)


Newton 2011年8月号
(転載にあたりニュートンプレス社より許可を得ている)
低解像度であるため文字の判別は困難

(週刊科学新聞)


週刊科学新聞 2011年5月13日付け
(転載にあたり科学新聞社より許可を得ている)

(日刊工業新聞)


日刊工業新聞 2011年4月26日付け
(著作権は日刊工業新聞に帰属する。転載にあたり著作権の許諾を得ている)

2011/05/30

神経疾患とiPS細胞

ここ2年くらいの間に様々な神経疾患を呈している患者からiPS細胞を作製し、そこから神経細胞を分化させて正常のそれと比較するという研究が盛んに行われてきたのでメモ。尚、ここでは患者由来神経細胞で異常を見いだした報告のみに焦点を絞る。(他にただ神経細胞を作っただけ、というのがあるが、ここでは取り上げない)

まず最初に神経疾患患者由来細胞で異常を発見したのがこの報告。

Nature. 2009 Jan 15;457(7227):277-80. Epub 2008 Dec 21.
Induced pluripotent stem cells from a spinal muscular atrophy patient.
Ebert AD et al., and Svendsen CN.

脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy; SMA)患者はSMN1遺伝子に変異があり、生後6ヶ月で運動神経が死に始め、2歳までに死んでしまう。このSMA患者由来細胞から運動神経を分化させたところ、健常人由来細胞より生存率が低く、細胞体が小さかった。ちょっと面白いのは分化後4週目では差がなかったのに6週目で差が出たこと。また原因遺伝子の発現量を上げることが知られているdrugに曝すと異常の一部が改善された。この研究では患者と健常人それぞれ1人づつからiPSを作製し比較検討している。

別の疾患でも同じようなことができましたよ、という報告がこれ。
Nature. 2009 Sep 17;461(7262):402-6. Epub 2009 Aug 19.
Modelling pathogenesis and treatment of familial dysautonomia using patient-specific iPSCs.
Lee G et al., and Studer L.

家族性自律神経失調症(familial dysautonomia; FD)患者の多くはIKBKAP遺伝子に変異があり、感覚神経や自律神経が死んでしまう、末しょう神経系の疾患である。このFD患者由来細胞から神経堤細胞を分化させたところ、神経細胞産生や細胞移動に異常があった。原因遺伝子であるIKBKAPに作用することが知られているdrugに曝すと異常の一部が改善された。この研究では患者3人と健常人1人からiPSを作製し比較検討している。

上記2つの研究では患者および比較のための健常人の人数が1-3人と比較的少数であるため、患者由来細胞で観察された異常が本当に患者特異的なものなのか不明確であった。さらに例えその異常が患者特異的であったとしても、その異常が本当に原因遺伝子とされている遺伝子異常によるものなのかは不明であった。これらに対しても明確な答えを出しつつ、他の疾患でも調べましたという報告がこれ。

Cell. 2010 Nov 12;143(4):527-39.
A model for neural development and treatment of Rett syndrome using human induced pluripotent stem cells.
Marchetto MC et al., and Muotri AR.

Rett symdrome (RTT)患者はMeCP2遺伝子に異常がある。生後6-18ヶ月までは正常だが、その後運動失調や低血圧、てんかんや自閉症的行動などを示す。このRTT患者から神経細胞を分化させたところ、それらを生ずる際の幹細胞における細胞周期や分化後の生存率は正常であった一方で、シナプス数の減少やスパイン密度の減少、細胞体サイズの減少があり、さらにカルシウムイオンのシグナルパターンや電気生理学的な特徴に異常があった。重要なこととして、これらのうちシナプス数の減少に関してはMeCP2の過剰発現によりresqueされた。また患者由来細胞で観察されたシナプス数の減少やスパイン密度の減少、細胞体サイズの減少やカルシウムイオンシグナルの異常は、健常人由来細胞におけるMeCP2のノックダウンにより再現された。さらにこの研究では患者4人と健常人5人からiPSを作製し比較検討している(ただし全ての実験においてこの数が調べられているわけではなさそう)。
いづれにしてもこの研究により神経疾患患者由来細胞の異常と特定の遺伝子機能が初めて因果関係で繋がった。今後原因遺伝子が特定されている疾患由来の細胞を用いた研究では、このような「疾患由来細胞でのGOF」「健常人由来細胞でのLOF」が要求されるようになっていくと思われる。

ここまでの神経疾患は全て、単一の原因遺伝子が提案されており、また症状が新生児など比較的早い時期に現れるものであった。これは主にそういった早期に症状の出る疾患の方が細胞レベルで異常が検出しやすいだろうし、GOFやLOFにより遺伝子レベルの因果関係を調べやすいだろうという見込みがあったからである。しかし今年になって、それらどちらにも当てはまらない神経疾患に挑戦した報告がされた。泣く子もだまる、Fred H. Gageラボからの報告である。

Nature. 2011 May 12;473(7346):221-5. Epub 2011 Apr 13.
Modelling schizophrenia using human induced pluripotent stem cells.
Brennand KJ et al., and Gage FH.

統合失調症(Schizophrenia; SZ)患者の多くは青年期に発症し、幻覚や幻聴、社交性の低下、やる気の低下、認知機能障害など複雑多様な症状を示す。原因遺伝子はあまりはっきり分かっておらず、遺伝子異常と環境によるストレスなど複合的な要素により発症に至ると考えてられている。このSZ患者から神経細胞を分化させたところ(Glu, GABA, TH陽性の混合)、狂犬病ウイルスを用いたトレース法により、神経回路の結合様式に異常があることが分かった。しかしカルシウムイメージングや電気生理では異常が検出されなかったため、機能的には正常であると考えられた。また狂犬病ウイルスを用いて明らかになった結合異常はSZ患者に有効であることが知られている既知の精神薬の一部で改善された。この研究では患者4人と健常人3人からiPSを作製し比較検討している(ただし全ての実験においてこの数が調べられているわけではなさそう)。原因遺伝子が不明であるためRTT患者の時のようなGOFやLOFはされていないが、青年期という比較的遅い時期に発症する疾患についても培養下で異常を検出できたということでちょっと驚いた。現時点で回路の機能的な差が見いだされていないのが残念であるが、条件を色々ふることでそれも見えるようになると期待される。

ということで、神経疾患を呈している患者からiPS細胞を作製し、そこから神経細胞を分化させて正常のそれと比較するという研究を概観した。現状としてはようやく上記4つの疾患モデルができ、またそのうちRettにおいては細胞レベルの異常に対する遺伝子レベルでの因果関係が見い出された、というところである。これら培養モデルが注目されている最大の理由は新規治療薬の検討が容易になるのではないかという見込みがあるからなので、今後はこれまでと同様に「他の疾患でもモデルができましたよ」という報告が続く一方で、「それらモデル系でこれまで知られていなかった新規治療薬が見つかりました」という報告が徐々に現れると想像される。

2011/04/19

超新星 oRG細胞

ここ1年くらいの間にバタバタっと発生期大脳皮質での新しいタイプの神経幹細胞についての報告が相次いだのでメモ。

まずはヒト胎児大脳皮質の、霊長類特異的といわれるourter SVZ (OSVZ)という領域で、radial glial cellっぽい新しいタイプの神経幹細胞(oRG細胞)が見つかったという報告。

Nature. 2010 Mar 25;464(7288):554-561.
Neurogenic radial glia in the outer subventricular zone of human neocortex
Hansen DV et al. and Kriegstein AR

oRG細胞はapical endfoodが無く、髄膜方向へtranslocationしながら分裂すると言う点でRGと決定的に異なる。またbasal processがあることと非対称分裂をして自身を複製すると言う点でintermediate neuronal progenitors (INPs)と異なる。oRGはまた、INPsを産む。oRGは全増殖細胞の40-75%を占めるのではないかと見積もられている。(ちなみに、ここで生まれたINPsは神経細胞を産むと想定されるが、証拠はない。またoRGが直接神経細胞を生む可能性も残っている)

この発見でoRGは霊長類特異的な神経幹細胞であり、霊長類特異的な脳機能を支える発生基盤ではないかと大いに盛り上がった。しかし数ヶ月後に、同じような細胞が非霊長類のフェレットで見つかった。

Nat Neurosci. 2010 Jun;13(6):690-9. Epub 2010 May 2.
OSVZ progenitors of human and ferret neocortex are epithelial-like and expand by integrin signaling.
Fietz SA et al. and Huttner WB

この論文は定量的なデータがしっかりしていて信用できる。そして本当にフェレットにも似た細胞がある事が分かる。この発見によりoRGは霊長類特異的ではないことが明らかになった。しかしフェレットの大脳皮質には立派なしわがあるので、少なくともしわのある大脳皮質特異的な神経幹細胞なのではないかと推測されたが、半年後、なんとしわのないマウスでも似たような細胞が見つかった。

J Neurosci. 2011 Mar 9;31(10):3683-95.
Oblique Radial Glial Divisions in the Developing Mouse Neocortex Induce Self-Renewing Progenitors outside the Germinal Zone That Resemble Primate Outer Subventricular Zone Progenitors.
Shitamukai A et al. and Matsuzaki F

理研CDBの松崎研の仕事。しわのある大脳皮質にしかないと思われていたoRGに似た、VZの外でbasal processをもって自己複製的に非対称分裂する細胞(outer VZ progenitors)をマウスで見つけた、という報告。(ただ非対称分裂後の細胞の特徴付けについては細胞の形態や長時間タイムラプス観察の間に分裂するかしないかしか見ていないため、本当に自己複製的なのか、本当にニューロンが産まれているのか明確でない)
さらにこの報告ではNotchシグナルやLGNのapical progenitor (RG)に対する効果を見ていて大変興味深い。特にLGNの機能を落とした時にouter VZ progenitorsが増えるというのは面白い。

この報告の直後、別のラボからもマウスでoRGっぽい細胞が見つかったという報告があった。

Nat Neurosci. 2011 Apr 10.
A new subtype of progenitor cell in the mouse embryonic neocortex.
Wang X et al. and Kriegstein AR

松崎研と同様、oRG様細胞が自己複製し神経細胞を生み出すという主張。この研究では形態の他に娘細胞で遺伝子発現も調べているので、この主張にはより説得力がある。ただしoRG様細胞が全神経幹細胞に占める割合は7%程度。面白いことに、このマウスoRG様細胞からは、ヒトのoRG細胞と異なり、自己複製的非対称分裂で基本的に直接神経細胞のみが産まれ、INPsが産まれないようだ。(この他に著者らはこのoRG様細胞がRGから産まれていると結論づけているが、明らかにデータ不足でこれは信用できない)

これらの知見から、ヒトではマウスに比べ
1) 全神経幹細胞に占めるoRG細胞の割合が高い
2) oRG細胞のINPs産生能力が高い
と考えられ、このoRG細胞に関わる量的質的な差が、最終的な神経細胞の数や皮質の大きさの差の発生基盤となっている可能性があるのではないか、と思った。

これまで皮質進化の観点からINPsが注目されていたが、これら一連の研究によりfocusは一気にoRGにシフトしたように思われる。今後このoRG細胞での研究が一気に進むだろう。要注目。

2011/04/11

ヒト胎児大脳新皮質で領域差や左右半球差のある遺伝子発現

ヒトの胎児の大脳新皮質で、領域特異的に、恐らく興奮性投射神経細胞に発現している遺伝子をいくつか見つけましたよ、という報告。

PLoS One. 2011 Mar 18;6(3):e17753.
Genes expressed in specific areas of the human fetal cerebral cortex display distinct patterns of evolution.
Lambert N et al. and Vanderhaeghen P

さらにalternatively spliced isoform specificに、領域特異的に発現する遺伝子を沢山見つけましたよ、という報告。

Neuron. 2009 May 28;62(4):494-509.
Functional and evolutionary insights into human brain development through global transcriptome analysis.
Johnson MB et al. and Sestan N

面白いのは、両方とも左右の半球で異なる発現を示す遺伝子も同時に探したのに、たったのひとつも見つからなかった、ということ。でも下の報告ではin situまでして確かめられたLmo4をはじめ、少なくともqPCRでは他に27個が左右差のある発現をしている。

Science. 2005 Jun 17;308(5729):1794-8. Epub 2005 May 12.
Early asymmetry of gene transcription in embryonic human left and right cerebral cortex.
Sun T et al. and Walsh CA

左右差のある遺伝子がなぜ前者2報で見つけられなくて後者で見つかったのか。調べた胎齢の差が原因ではないか、と前者2報では議論されている。前者2報は17-23週齢の胎児で調べており、後者は12-14週齢で調べて差を検出している。しかもその12-14週齢で左右差のあったLmo4でさえ、19週齢ではその差が消失している。左右差を生み出すのに必要な遺伝子プログラムは17-19週齢前には大方その働きを完了しているのかも。

最後に、ヒトではPFC特異的なのにげっ歯類ではそういう特異性はない、CNTNAP2という遺伝子があることを見つけた報告。

Proc Natl Acad Sci U S A. 2007 Nov 6;104(45):17849-54.
Genome-wide analyses of human perisylvian cerebral cortical patterning.
Abrahams BS et al. and Geschwind DH

これは進化的にちょっと興味深い。

以上、貴重なヒト胎児大脳新皮質での遺伝子発現の知見でした。

2011/04/09

起源を知る事の意義のひとつ

目の前で起こっている生命現象Aの系統発生学的また個体発生学的起源を理解する事は、直接的にはAの理解にはそれほど貢献しないが、Aの再現には大きく貢献できる可能性がある。

特にAがヒトでのみ検出可能な場合、実験的にAを理解する事は度々技術的倫理的な困難を伴うが、Aを再現できればそこでいくらでも実験が出来るから結局間接的にAの理解に大きく貢献できることになる。

つまりAの系統発生学的また個体発生学的起源に関する知見は、Aの再現に貢献する事でAの理解に対する貢献を最大化出来るかもしれない。

2011/04/02

胎児の超音波検査と統合失調症

超音波検査が統合失調症の発症リスクをあげているのでは!?と想像したのでそのことをメモ書き。

まず、通常臨床で使われている程度の強度の超音波を30分以上当てるとがマウス胎児の脳での細胞移動を障害するという報告。

Proc Natl Acad Sci U S A. 2006 Aug 22;103(34):12903-10. Epub 2006 Aug 10.
Ang et al.

元々頻繁な超音波検査で出生児の体重が落ちるとか左利きが増えるとか言語発達が遅れるという報告があったらしい。今回は細胞移動。異常は小さいけど有意な変化。

で、細胞移動の障害を伴う変異で統合失調症様の行動障害が起こるという報告がこれら。

Nat Cell Biol. 2005 Dec;7(12):1167-78. Epub 2005 Nov 20.
Kamiya et al.

Neuron. 2010 Feb 25;65(4):480-9.
Niwa et al.

Disc1という遺伝子を発生期マウス大脳新皮質でノックダウンすると細胞移動がちょっと遅れて、最終的に成体で行動がおかしくなる。面白いのは異常行動が出るのがマウスの思春期頃で、ヒトで統合失調症の発症頻度が上がる頃と同じ。

ただDisc1は細胞移動障害を引き起こすだけでなく樹上突起のarborizationの程度とかにも影響を与えるので成体での行動異常の原因が細胞移動の遅れにあるのかは不明。実験は全てマウスなのでヒトでは違うというのは当然ありうるけど、ヒトでの発生の方が長期にわたるし、細胞移動の距離も長いので単純に考えるとヒトでの影響の方が大きい気がする。

ということで必要以上に超音波検査頻繁にやることは避けた方がいいのでは、、と思いました。まあそもそもそんなに頻繁に検査することはないんだろうけど、自分も含めて最近3D写真撮って喜んでる人多いし、事情はそれほど単純でもないかも、ということを頭の片隅においておいた方がいいのかな、と思いました。

2011/03/28

Huttner祭り

ちょっと古いけど前から気になっていたMax PlanckのHuttner labの論文を読んだ。

Proc Natl Acad Sci U S A. 2004 Mar 2;101(9):3196-201. Epub 2004 Feb 12.
Neurons arise in the basal neuroepithelium of the early mammalian telencephalon: a major site of neurogenesis.
Haubensak W et al.

Tis21-GFPノックインマウスを最初に報告している論文。これまで年間平均25回くらい引用されておりかなり人気が高い。ただ僕の結論としては、
1)定量性が低すぎる
2)娘細胞のcharacterizationが甘すぎる
ため、分裂しているTis21-GFP細胞の娘細胞がどんな細胞になるのかはこのデータからは結論付け難い。残念ながらこのマウスで「GFP陽性細胞の分裂ではneuronが生まれる」とか「GFP陰性細胞の分裂では2つのneuroepithelial cellが生まれる」とか言われてもとても信じられない。関係のありそうな方は、生データをご覧頂くことをお勧めします。

続いて同じHuttner labからの仕事。

EMBO J. 2004 Jun 2;23(11):2314-24. Epub 2004 May 13.
Asymmetric distribution of the apical plasma membrane during neurogenic divisions of mammalian neuroepithelial cells.
Kosodo Y et al.

素晴らしい観察眼に基づいた論文。「分裂面が脳室面に対しverticalかそうでないか」よりも「apical membraneのsplitがequalかそうでないか」の方が、「neuroepithelial cell→2つのneuroepithelial cellかそうでないか」を判定するいい基準になるのではないかという斬新なアイデアを提唱している。ただしその重要な根拠に先のTis21-GFPマウスを使っているので個人的には慎重にならざるを得ない。ただ、「Tis21-GFP陽性細胞はapical membraneをunequalにsplitする傾向があり、陰性細胞はequalの傾向がある」ことは確からしい。

さらに続いて同じHuttner labからの仕事。

Proc Natl Acad Sci U S A. 2006 Jul 5;103(27):10438-43. Epub 2006 Jun 23.
Aspm specifically maintains symmetric proliferative divisions of neuroepithelial cells.
Fish JL et al.

正直、こんな酷い論文は久しぶり。AspmのRNAiをしているけど、control RNAiしていないし、もちろんresqueもしてないし、そもそもAspmが落ちているか定量的に調べていない。

そしてこの論文の怪しい結果に基づいて遺伝子改変マウスまで作ってしまった論文がこの論文。

Proc Natl Acad Sci U S A. 2010 Sep 21;107(38):16595-600. Epub 2010 Sep 7.
Mutations in mouse Aspm (abnormal spindle-like microcephaly associated) cause not only microcephaly but also major defects in the germline.
Pulvers JN et al.

そして結果、Aspmのmutationをいれてもneurogenesisには影響がなかったという。。。これは正直サムイですよ。誰か途中で止めたれよー。。。。
ただ、この研究ではマウスAspmの代わりに構造の異なる(霊長類で正の選択を受けてきたと思われている)ヒト型Aspmを導入していて、おそらくヒトの脳のようになることを狙ったと思われるが、結果、脳の大きさはマウスAspmを発現させた場合と変わらなかった。。。。ということでwで残念。。。しかしこの研究の背景にあると想像される、「ヒトの疾患をマウスで再現したい、あわよくばマウスの脳をヒトのようにしわしわにしたい!」という熱い想いには共感できる。

ということで僕の結論としては、「Aspmはマウスのneurogenesisには影響していない可能性が高い」ということです。上のPulvaers et al., 2010では脳の大きさ自体は確かに15%くらい小さくなっていますが、Fig.1Eをみるとmutantでは全体的に細胞密度が上がっているように見えるのでその影響が大きいのでは、と思います。もっとも、著者らが言っている通り、neurogenesis以前のneuroepithelial cellの分裂に影響している可能性はあるけど、例えあったとしても結局脳の大きさが15%減少する程度なので影響は小さいと思う。

以上、Huttner labの仕事、4連発でした。