2011/04/19

超新星 oRG細胞

ここ1年くらいの間にバタバタっと発生期大脳皮質での新しいタイプの神経幹細胞についての報告が相次いだのでメモ。

まずはヒト胎児大脳皮質の、霊長類特異的といわれるourter SVZ (OSVZ)という領域で、radial glial cellっぽい新しいタイプの神経幹細胞(oRG細胞)が見つかったという報告。

Nature. 2010 Mar 25;464(7288):554-561.
Neurogenic radial glia in the outer subventricular zone of human neocortex
Hansen DV et al. and Kriegstein AR

oRG細胞はapical endfoodが無く、髄膜方向へtranslocationしながら分裂すると言う点でRGと決定的に異なる。またbasal processがあることと非対称分裂をして自身を複製すると言う点でintermediate neuronal progenitors (INPs)と異なる。oRGはまた、INPsを産む。oRGは全増殖細胞の40-75%を占めるのではないかと見積もられている。(ちなみに、ここで生まれたINPsは神経細胞を産むと想定されるが、証拠はない。またoRGが直接神経細胞を生む可能性も残っている)

この発見でoRGは霊長類特異的な神経幹細胞であり、霊長類特異的な脳機能を支える発生基盤ではないかと大いに盛り上がった。しかし数ヶ月後に、同じような細胞が非霊長類のフェレットで見つかった。

Nat Neurosci. 2010 Jun;13(6):690-9. Epub 2010 May 2.
OSVZ progenitors of human and ferret neocortex are epithelial-like and expand by integrin signaling.
Fietz SA et al. and Huttner WB

この論文は定量的なデータがしっかりしていて信用できる。そして本当にフェレットにも似た細胞がある事が分かる。この発見によりoRGは霊長類特異的ではないことが明らかになった。しかしフェレットの大脳皮質には立派なしわがあるので、少なくともしわのある大脳皮質特異的な神経幹細胞なのではないかと推測されたが、半年後、なんとしわのないマウスでも似たような細胞が見つかった。

J Neurosci. 2011 Mar 9;31(10):3683-95.
Oblique Radial Glial Divisions in the Developing Mouse Neocortex Induce Self-Renewing Progenitors outside the Germinal Zone That Resemble Primate Outer Subventricular Zone Progenitors.
Shitamukai A et al. and Matsuzaki F

理研CDBの松崎研の仕事。しわのある大脳皮質にしかないと思われていたoRGに似た、VZの外でbasal processをもって自己複製的に非対称分裂する細胞(outer VZ progenitors)をマウスで見つけた、という報告。(ただ非対称分裂後の細胞の特徴付けについては細胞の形態や長時間タイムラプス観察の間に分裂するかしないかしか見ていないため、本当に自己複製的なのか、本当にニューロンが産まれているのか明確でない)
さらにこの報告ではNotchシグナルやLGNのapical progenitor (RG)に対する効果を見ていて大変興味深い。特にLGNの機能を落とした時にouter VZ progenitorsが増えるというのは面白い。

この報告の直後、別のラボからもマウスでoRGっぽい細胞が見つかったという報告があった。

Nat Neurosci. 2011 Apr 10.
A new subtype of progenitor cell in the mouse embryonic neocortex.
Wang X et al. and Kriegstein AR

松崎研と同様、oRG様細胞が自己複製し神経細胞を生み出すという主張。この研究では形態の他に娘細胞で遺伝子発現も調べているので、この主張にはより説得力がある。ただしoRG様細胞が全神経幹細胞に占める割合は7%程度。面白いことに、このマウスoRG様細胞からは、ヒトのoRG細胞と異なり、自己複製的非対称分裂で基本的に直接神経細胞のみが産まれ、INPsが産まれないようだ。(この他に著者らはこのoRG様細胞がRGから産まれていると結論づけているが、明らかにデータ不足でこれは信用できない)

これらの知見から、ヒトではマウスに比べ
1) 全神経幹細胞に占めるoRG細胞の割合が高い
2) oRG細胞のINPs産生能力が高い
と考えられ、このoRG細胞に関わる量的質的な差が、最終的な神経細胞の数や皮質の大きさの差の発生基盤となっている可能性があるのではないか、と思った。

これまで皮質進化の観点からINPsが注目されていたが、これら一連の研究によりfocusは一気にoRGにシフトしたように思われる。今後このoRG細胞での研究が一気に進むだろう。要注目。

2011/04/11

ヒト胎児大脳新皮質で領域差や左右半球差のある遺伝子発現

ヒトの胎児の大脳新皮質で、領域特異的に、恐らく興奮性投射神経細胞に発現している遺伝子をいくつか見つけましたよ、という報告。

PLoS One. 2011 Mar 18;6(3):e17753.
Genes expressed in specific areas of the human fetal cerebral cortex display distinct patterns of evolution.
Lambert N et al. and Vanderhaeghen P

さらにalternatively spliced isoform specificに、領域特異的に発現する遺伝子を沢山見つけましたよ、という報告。

Neuron. 2009 May 28;62(4):494-509.
Functional and evolutionary insights into human brain development through global transcriptome analysis.
Johnson MB et al. and Sestan N

面白いのは、両方とも左右の半球で異なる発現を示す遺伝子も同時に探したのに、たったのひとつも見つからなかった、ということ。でも下の報告ではin situまでして確かめられたLmo4をはじめ、少なくともqPCRでは他に27個が左右差のある発現をしている。

Science. 2005 Jun 17;308(5729):1794-8. Epub 2005 May 12.
Early asymmetry of gene transcription in embryonic human left and right cerebral cortex.
Sun T et al. and Walsh CA

左右差のある遺伝子がなぜ前者2報で見つけられなくて後者で見つかったのか。調べた胎齢の差が原因ではないか、と前者2報では議論されている。前者2報は17-23週齢の胎児で調べており、後者は12-14週齢で調べて差を検出している。しかもその12-14週齢で左右差のあったLmo4でさえ、19週齢ではその差が消失している。左右差を生み出すのに必要な遺伝子プログラムは17-19週齢前には大方その働きを完了しているのかも。

最後に、ヒトではPFC特異的なのにげっ歯類ではそういう特異性はない、CNTNAP2という遺伝子があることを見つけた報告。

Proc Natl Acad Sci U S A. 2007 Nov 6;104(45):17849-54.
Genome-wide analyses of human perisylvian cerebral cortical patterning.
Abrahams BS et al. and Geschwind DH

これは進化的にちょっと興味深い。

以上、貴重なヒト胎児大脳新皮質での遺伝子発現の知見でした。

2011/04/09

起源を知る事の意義のひとつ

目の前で起こっている生命現象Aの系統発生学的また個体発生学的起源を理解する事は、直接的にはAの理解にはそれほど貢献しないが、Aの再現には大きく貢献できる可能性がある。

特にAがヒトでのみ検出可能な場合、実験的にAを理解する事は度々技術的倫理的な困難を伴うが、Aを再現できればそこでいくらでも実験が出来るから結局間接的にAの理解に大きく貢献できることになる。

つまりAの系統発生学的また個体発生学的起源に関する知見は、Aの再現に貢献する事でAの理解に対する貢献を最大化出来るかもしれない。

2011/04/02

胎児の超音波検査と統合失調症

超音波検査が統合失調症の発症リスクをあげているのでは!?と想像したのでそのことをメモ書き。

まず、通常臨床で使われている程度の強度の超音波を30分以上当てるとがマウス胎児の脳での細胞移動を障害するという報告。

Proc Natl Acad Sci U S A. 2006 Aug 22;103(34):12903-10. Epub 2006 Aug 10.
Ang et al.

元々頻繁な超音波検査で出生児の体重が落ちるとか左利きが増えるとか言語発達が遅れるという報告があったらしい。今回は細胞移動。異常は小さいけど有意な変化。

で、細胞移動の障害を伴う変異で統合失調症様の行動障害が起こるという報告がこれら。

Nat Cell Biol. 2005 Dec;7(12):1167-78. Epub 2005 Nov 20.
Kamiya et al.

Neuron. 2010 Feb 25;65(4):480-9.
Niwa et al.

Disc1という遺伝子を発生期マウス大脳新皮質でノックダウンすると細胞移動がちょっと遅れて、最終的に成体で行動がおかしくなる。面白いのは異常行動が出るのがマウスの思春期頃で、ヒトで統合失調症の発症頻度が上がる頃と同じ。

ただDisc1は細胞移動障害を引き起こすだけでなく樹上突起のarborizationの程度とかにも影響を与えるので成体での行動異常の原因が細胞移動の遅れにあるのかは不明。実験は全てマウスなのでヒトでは違うというのは当然ありうるけど、ヒトでの発生の方が長期にわたるし、細胞移動の距離も長いので単純に考えるとヒトでの影響の方が大きい気がする。

ということで必要以上に超音波検査頻繁にやることは避けた方がいいのでは、、と思いました。まあそもそもそんなに頻繁に検査することはないんだろうけど、自分も含めて最近3D写真撮って喜んでる人多いし、事情はそれほど単純でもないかも、ということを頭の片隅においておいた方がいいのかな、と思いました。